アキバ系セレブリティ


きのこ 第四章・病魔

その時ミナトくんに言わなかったこと。
私は既に深刻な健康上の問題を抱えていたのです。

前年の夏。肩こりや頭痛がひどいこともあり、区の総合的な健康診断を一通り受けました(人数が少ないので会社では受けられない)。
結果として、持病の循環器の他に眼科でも要精検と伝えられ、最寄りの眼科で改めて受信した結果、緑内障と診断されていたのです。

最終的な診断は視野検査をしてから、ということで、それを受けました。
白いドームのなかで、ただ黙々と一点を見つめて、視界のなかに光る点が見えたら、手元のボタンを押す。
ターゲットを真ん中に入れてクリック…なんかエヴァンゲリオン的だな…
視界の真ん中付近から、徐々に点は遠ざかっていきます。かち。かち。規則的にボタンの音がします。

突然、それまでそれなりのスピードで消えたり現れたりしていた点が、全然現れなくなりました。
ボタンを押さずに、じっと目を凝らします。
…また見えた。かち。

左目も同じように続けていくと、やはり、「ボタンを押せない時間」が訪れます。
…自分でも血の気が引いているのがわかりました。検査技師も繰り返し「休みましょうか?」と声をかけてくれましたが、早く終わらせたいとしか思えず、「続けてください」といいました。

既に緑内障の症状である「視野の欠損」が始まっていました。

緑内障は最近では、早期発見ができればまず全盲になることがない病気です。
40代あたりから、大体の人は多かれ少なかれ身体の不調を感じるでしょうが、その中でもポピュラーなものだそうです。
しかし私は20代で既に視野の欠損が認められている…
定期的に眼圧を測りに着てくださいと強く医師から勧められました。投薬は無し。

しかし投薬が無いのは、軽症だからじゃなかったのです。
一度死んだ視神経は回復できないので、私の視野は永遠に失われるのみだということが別の医師から伝えられました。急激な眼圧の高まりではなく、おそらくは遺伝的な要素で、私は生まれつき視神経が弱かった。眼圧を下げる薬はあるけれど、本態的な緑内障を治療することは結局は不可能なのです。

私はこの仕事しか、社会人になってからはやったことがありません。
でも、いつ急激に症状が進んで、仕事に支障をきたすかわからない…
しかし…今仕事を辞めるわけにはいかない…引継ぎ要員がいない…

それ以前に、私はこの仕事を辞めたとして、いったいどうやって生活していったらいいというんでしょうか?


きのこ 第四章・依存症

将来への不安感は、もともと心の弱い私をますます病的にしていきました。
一応仕事はちゃんと行きますが、それ以外の時間は常に酒を飲んで寝ていました。
休みの日は朝から飲んで、着替えもしないままというダメ人間っぷり。
もともと少ない友人ともめっきり連絡を取らなくなりました。

久しぶりに帰国してきた社長から「オマエ顔が松崎しげる色になってる」と言われて、肝臓の値を調べる検査に行かされました。ガンマGTPとかそういうやつ。
しかし私は肝臓がかなり元気らしく、数値的には大変健康でした。

ただなんだ。このだるさは。やる気のなさは。生きる意味みたいなのが何一つ思い当たらない。
毎日が長すぎる。眠れない。酔いつぶれて明け方に少し眠る、というのが生活スタイルになりました。
既に「酒を飲む」というのは味を楽しむより現実逃避の手段になってたわけです。
ももももしかしてこれが鬱ってやつ?(メンヘル気質の割にちゃんとそういう病院行ったこと無い)
精神科に行って「欝だと思うんで薬ください」って言いました。

…そしたら病名がもう一個ついちゃったよ…
アルコール依存症…

Dr「このままにしておいたらいろんなことがおきます。アナタはまだこの世界じゃルーキーです。10年選手になるころには”あの時止めておけば”って思ってますよ」
「幻覚とか見えるんですかね?大名行列とかw」(真剣に受け取ってない)
Dr「蟻とか虫が多いですね」
「…夢でなら見たことありますけどねぇ、虫」
Dr「どういうの?」
「自分が寝てる布団の中に、ものっそい大量の虫がわーーーーーって湧き出してくるの」
Dr「…めっちゃ見てるじゃないですか!!」

昔から精神状態が悪い時に飲酒すると、寝ていても悪夢?幻覚?みたいなものが起こって目が覚めることが度々起こりました。酒量が増えるにつれ、幻覚もパワーアップしていったんだなーと漠然と思っていたんですが、それどころじゃなかったらしい。
最後には「寝てるときに誰かに身体をかきむしられる」という幻覚を見て、慌ててガバーって飛び起きたら、横で寝ていた彼氏がボーゼンとした顔をしてました。ほんと狂人を見る目で見られた…orz

精神科じゃなくてアルコール問題の専門病院に回されました。


きのこ 第四章・離脱症状

専門病院で、お酒を断つために、睡眠薬や安定剤を処方されました。
Dr「多分一気に止めることはできないと思います。ただお酒飲んでしまったら、その直後や直前に薬は飲まないでくださいね」
『ハァ…』
なんか依存対象がアルコールから薬に変わるだけのような気も…

しかし断酒してすぐは調子がよかったのですが、一週間もしないうちに離脱症状が現れ始めました。
手が震える。身体が猛烈にだるい。会社を遅刻することが多くなってきました。
『止めたら余計調子が悪いんですけど…』
Dr「安定剤が合わないのかも知れません。朝飲むのはやめて、夜だけのにしましょう」

視野の欠けを自覚してから、目の疲れがひどくなりました。入社当時に比べると審美眼は肥えてきているのに、デザインやコードの細部を修正するときに目がチラチラして頭痛が…
しらふでいる時間が長いと、余計色んなことを思いつめて不安になってくる。そして禁酒に失敗して、余計自己嫌悪する。その繰り返しです。
もう精神状態最悪です。


きのこ 第四章・責任回避

私はもともと飲酒以外に極端に「気晴らし」とか「気分転換」みたいなガス抜きが苦手です。無趣味だし友達は居ないし、そう多弁な方でもありません。
タケイさんなんかは「そういう性格だと体に悪い。とりあえずエロゲをやったらいいよ」とよく言ってましたが誰がやるか氏ね。

ある日、締め切りが迫って根を詰めて作業を尾した後の深夜にまた離脱症状が出ました。
冬なのに異常な汗が…

…なんでだ…
なんで私ばっかりこんな目に会うんだ…
私が病気にかかったのもアキバに飛ばされたのもスギタさんが倒れたのも同僚が変態ばっかりなのも外注が自由すぎるのも振られたのも(アキバに居た時代に二人に振られたぜアハハ)アル中も全部私のせいじゃないじゃないか!こんなのもう嫌だ。

もうやだ。
この作業が終わったら辞める。
wordしかスキルの要らない派遣の事務になってやる。
オサレな街に勤務して、制服着て、毎日ドラマの話して、女子トイレでさぼってやる。
(いやそれはテレビドラマの中だけだとわかっているけれど…)

秋葉原で朽ちるのだけは嫌だ!
私は20代女子として相応しい幸せを何一つゲットしてないというのに!!!!

ダダダダ
『先生!私やっぱAA入ります!!』
Dr.「なんかいきなり人生に前向きになりましたね」

次に社長が帰国したときに辞める、とその時決意しました。


きのこ 第四章・社長帰国

「ねえねえ、”姉ちゃんの詩集”って何?」
『…帰国して第一声がそれですか…』
2chネタって、その空気がわからないと面白くないんですね。そういう情報に海外2chねらーは飢えているわけです。

社長「ちょっと大事な話があるから、そこに座って聞いてね」
アキバ事務所に落ち着いて、社長はそう言いました。

社長「実は会社をたたもうと思うんだ」
社長「ボクは米●●社から、研究員として納得の行く待遇を提示されたんだよ。
もともと一生ITのみで食えるとは思って無いし、どっかの時点で海外に行くつもりだった。
ちまきはうちの会社で唯一常勤の正社員だから、路頭に迷わないようにしないと、安心して向こうにはいけない」
社長「選択肢はいくつかある。
ボクの伝手のある携帯コンテンツ会社に、最低でも今と同等の待遇になるようにして移籍する。この場合は多少通勤に時間がかかるかもしれない。
もしくは、マツバラさんたちのゲームの仕事のみに従事できる、新会社を作る。ボクもそれくらいは今後もやれると思う。
あるいは、普通に退職する」

その時が着たら、「飽きたので」といって、辞めるつもりでした。
私は他人に同情されるのが大嫌いだから、どっちかっていうと軽蔑されたり呆れられたりする去り際のほうが比較的、好きなので。

『すみません…』

『実は…健康上の理由で…以前から退職するつもりだったんです…』

私は嘘を突き通すことができませんでした。

いつも「あーヤダヤダ辞めたいなー」としょっちゅう思っていたけれど、本当に自分が去らなきゃいけないとわかったとき、案外と自分が秋葉原を愛していることを、自覚せずにはいられませんでした。

しょっちゅうメディア買いにいったF商会。
同僚の同人誌を卸しにいったホワイトキャンバス。
常連になって、チャイをよくサービスしてもらったシャリマール。
「社交界」にデビューしたmia cafe。
ミナト君ととんかつを食べた丸五。

あの店に、あの街角に、なんて多くの思い出が残っていたんだろうかと…



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