アキバ系セレブリティ


きのこ 第三章・オタクの敵はオタク

ウメダ「ちまきさん飯くいにこーぜー。ココスいこうココス」
『いいっすよ』
ある日昼時。たまたま一緒になったウメダさんと食事に行くことにしました。
そしてファミレスで炸裂するウメダさんの鉄道トーク…とおもいきや、かっ込むように食事を済ませて彼は席を立ちました。
『ちょ…待って…そんな早く食べられない…』

ウメダ「ごめんねえ、近くのテーブルに因縁のあるやつが座っててさ…気づかれるとちょっと面倒かなと」
理由があるなら先に言ってくださいよ…
ウメダ「昔鉄道関係の集まりでいざこざがあった人で」
『Nゲージで殴りあいとかするんですか』

ウメダ「いや、鉄道オタっていってもね、細分化されてるわけ。ジャンルとして古いっていうのもあるし。
みんながみんな模型好きなわけじゃない。僕も普通程度にしか好きじゃないな」
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『心からどうでもいいです…』
ウメダ「単にスタンスの違いとかじゃなくてねぇ、同じ鉄道ファンとしてこれはどうか、みたいなこととか、あと集まりで知り合った女の子つけまわして怖がらせたりとか」
『それはちょっと気持ち悪い』
ウメダ「一回注意したらそれから何かと突っかかってくるようになってさぁ。
だから僕が女連れでいるところを見られたくなかったわけ。ゴメンネ、一応女の子だから」
(最後の一言が余計だ)

しかしウメダさんの話を聞くだに、「オタクであるのも楽じゃない」という現状が私にもわかってきました。

オタク的交友関係のなかで、ウメダさんは比較的、年長者に属します。
その分、厄介ごとが起こったらなんだかんだで間に立って気を揉まなきゃいけない。
そこら辺は結局、どんな世界だろうと変わりません。
ウメダ「最近、アキバ系っていうのが変に認知されてきて…本来渋谷や新宿に行くような人までこっちに来ちゃってるんだと思う。基本的にノリが全然ちがうから、やっぱりトラブルが多くてね…」
楽しくやるためのアキバ的活動の中で、それでも長く居ればいろんなしがらみも出てくるわけで。

ただただアキバで無駄金つかって毎日を面白おかしく生きていると、私の目からはそう見える人たち。
私は大変内弁慶なのでネットでは結構暴言吐きますが、現実では大変優しく控えめです(イヤイヤマジで)。
しかし今までのエピソードにしばしばあったように、同僚たちときたら全員それぞれ揃いも揃って失礼というか率直というか。ストレス無さそうでいいなあと思ってました。
でも、次第にみんながみんなの場所で、それぞれの問題にそれなりに悩みながら生きてるんだと明らかになっていったのです…


きのこ 第三章 新人・スギタさん

ゲーム移植後半から、人手が足らなくなり(別キャリアも開発することになり、複数ラインになった)、社長のツテで「スギタさん」というエロゲのPG経験者が連れてこられました。

私たちは社長を中心にして、各所で知り合いアキバに集められました。だから社長から細かく聞かない限り、最初はお互いの経歴などをあまり知りません。
『新しい人か…でもPGなら私よりはタケイさんやマツバラさんとの関わりが多いだろう』
(私は基本性格が引きこもりなので、新しい人と接触するのが苦手)

しかし予想を裏切り、細かい差分取りや容量削りが続出し、私とスギタさんはもっとも頻繁に連絡を取り合わなければならないことになりました。修正→組み込み→また修正、のループ。
スギタさん自身は、これまでの同僚に比べるとむしろ気さく(口数が多い)なので、まあ大体においてうまくいっていました。
狭い事務所に二人きりでモソモソ作業しますが、一ミリも変なフンイキにならない、それがちまきクオリティ。
(すみません、モテませんが、何か!?)


その時はそう思ってたんだよね…
しかし彼の登場を境に、私たちは…私は、今までと大きく違った道に進まされることになるのです。
全員が。好むと好まざるとに関わらず。

「ねえねえちまたん。ちまたんブラのサイズっていくつ?」
『なんですか?EかFってとこかなぁ』(私はピザ)
「そうじゃなくてアンダーのほう」
『70か75ってとこですね』
「え!!案外…」
案外なんなんですか…
「じゃあアンダー85サイズとかって、女性から見たらどうなの?」
『トップじゃなくてですか?それは普通に市販ではまず見ないサイズだと思います』
「どこで買えるかな?」
『うーん、通販じゃないですかね。ニッセンとかセシールとかの”大きいサイズ”ってやつ。ネットでも買えると思いますよ』
スギタさんの恋人か、もしくはおかん用?特殊なサイズなので突っ込まないでおいてあげる優しい私。
「ちまたんと俺は見た目大体同じ幅だからいけるかと思ったんだけど…」

私は155cmぶっちゃけピザ。
スギタさん170cm弱、男性としては少し痩せ型。

『……は?』
「いや、やっぱり下着は重要じゃん?」
『スギタさんが使うんですか?』
「今度のイベントで」
ああ。何かのお祭で女装するんですね。しかし下着まで…
『男性と女性で肋骨の大きさが違うんだから、女の私がピザってても、そこはそんなに大きくならないですよ』
…自分の頭の中で検索して、いっこ使えそうな案が思いつきました。
『じゃあ、実測で85だったってことですね?
私が昔マックス太ってた時代の下着がまだあると思うんですが、使ってみます?
衛生的や性的に抵抗あるなら聞き流してください』
服っていうのは、実寸サイズより結構大きく作ってあるものだし、下着は結構伸縮性があるからいけるかも。

「…あ…なんとかホック止まる」
『ね。私はこれもうサイズ合わないから差し上げます』
「まじで!?超ありがとー!」
おたがい性的に鷹揚です。
『…その代わり着たとこミセテwwww』
「え?それはいいけど…女の子が来てもあんま楽しめないんじゃないかなぁ」
ふ。アキバ生活も一年を超え、大体どんなイベントに行っても素で見物できる度胸はついたぜ!
「でも目立たず、コッソリね。」


きのこ 第三章・初めての女装イベント

スギタさんに連れて行ってもらったコスプレイベント。タケイさんも興味があるというので、私とタケイさんは例の「痛車」で会場に直行。あーラクチン(もはや痛車の助手席に座ることなんか屁でもない私、たくましくなりましたね)。

もう一年以上アキバ生活をしてるので、コスプレなんか見慣れたもんです。
アキバの駅前に行きゃチラシ配ってるし。メイドさんより色が突飛なんで一瞬ぎょっとはしますけど。
(個人的には、一般人が普通の場所でコスプレするのは反対ですが…子供が見たら泣くでしょうあれ…)

会場でスギタさんと落ち合います。
スギタ「じゃあボク着替えてくるねー」
『はいはい、じゃあ本見てますね』
今じゃ普通に同人誌も見ます。本は買わないけど、動画で作ってあるものや効果音集(結構面白いのがある)は買ったりします。
…ん…でもこのイベントって本のみなのかな…それに18禁しかないみたい…ちぇ…
しかしスギタさん遅いな。ちょっと更衣室に行ってみようかな。
タケイ「あ、だめだよ。ここの更衣室女性は禁止だから」
『はあ?』

『あばっ…あばばばば…』
もももものすごいボディラインのくっきり出る衣装です。それを堂々と着こなすスギタさん。
ブラが必要って言うのはこのせいかっ…!

タケイ「そう…至高の萌えがロボっ子だとしたら究極の萌え…それは女装っ子!ついていてこその完全体…!!」
『だから耳元で解説しないでくださいよっ』
タケイさんにその場で購入した同人誌を見せてもらったら、全部ついてました。ええ。おちんちん。
『…ついてるじゃないですか!』
タケイ「ご褒美です!」


きのこ 第三章・存在の耐えられない不在

うん、実はね。私もしてたんだ、コスプレ
スギタさんが一枚手持ちの衣装貸してくれたの。着れたの。(ピザなんだけどなんとか…)
コートの下に着てきたの。タケイさんの車だから出来た業。
でも私の存在価値、ぶっちゃけ空気。
たまーにカメラ持った人に「えっと…男性…じゃないですよね?」とか確認はされるけど、「♀です」っていうとささーっと去っていく。

え?なにこの状況?私のコスプレデビュー、すごいしょっぱくない?

みんな本そっちのけで撮って撮られてすごいことになってます。勿論男性ばかりが。
同じ作品のキャラをやってる人は、即席でチームになって壮観です。
スギタさんも写真撮られまくり。つうかこの男足までキッチリ剃ってる。
コスプレエリアの九割が男性のイベントなんて初めてです(普通逆)。
ミスコン?コスプレコンテスト?みたいなのもあります。エントリーしてんの全員「女装少年」です。
グランプリ取った人、背の高い細身のチャイナドレスです。顔もすげー美人。足長い。これが男なのか。染色体XXなのか!?

あ、でも、お客さんは女性もいるしなぁ…と思ったら
「アハハー」
「ヤダァ」
…声が…太い?
え、なにこれ?これもコスプレ?OLのコスプレ?(見た目は普通のお洒落な感じの若い女性)

フト見回すと
・アニメキャラ(女)
・新宿二丁目系
・ただの女性(…に見える…)

なんだっこのカオスティックゾーンはっ…!!
XYの私がここにいるのってダメなんじゃない?ねぇ!?
もしかしてこれが昔トナミ君が言ってた「おちんちんランド」ってやつじゃない?
ほんと興味本位で行ってすいません。どう見ても女力もモテ力も勝てそうにない人がいっぱいいるんですけど。

さて女装イベントなんですが、正確に言うと「女装キャラをメインにした同人誌の即売会」だったのが、段々「女装コスプレが許される(むしろ歓迎される)貴重な場」として近年拡大してきたようです。(だから二丁目系とか、)
一般的なコスプレイベントは、「見苦しい」という理由?で女装が禁止なところが多いらしい。
私自身は「目に快いコスプレなんか全体の二割りくらいしかないんだから、外から見えないとこでやるなら好きなだけはっちゃければ?」というのが率直な感想なんですが。普通のゲームオタクがエロゲーオタクを非難するみたいなもんでしょうか。二次元を三次元で模倣する無理に比べたら、性差くらいは別に…ねぇ…私も「格闘ゲームの女キャラのコスプレをしろ」とか言われたら困る。腹がっ…


きのこ 第三章・すべて人生はギャンブル

一つ大きなサイトを軌道に乗せたことで、いろんな伝手から「売り出し中の新人キャラクターデザイナー」と接触することも多くなってきました。
いや別に私が売ったわけじゃなくて技術的なことや企画を通したのは社長やマツバラさんで、私はあんまり…携帯だってIP権持ってなきゃどうしようもないんだけどね…できる範囲でしかアドバイスできないけどさ。
「東京にいってエロゲの原画をやりながら癒し系キャラデザイナーを目指したい」
やめとけ。地元にいたって当たるときは当たる。エロゲは好きじゃないと苦痛。
「安い仕事ばっかりで嫌になる」
安いなら記名入れさせてほしいとかいろいろ、交渉できる余地はある。
それで高いの取れるようになったらそのクライアント蹴っても食えるようになる。

基本的に人ごとだからバッサリです。ていうか私は自分が生活するだけでいっぱいいっぱいです。
そんな中で一人の女性イラストレーターと知り合いました。
地道に頑張った彼女。自主出版詐欺にひっかかったりとか大変な目に遭いましたが、うまく企業のイメージキャラクターの仕事を獲得でき、法人化もできました。
ある日久しぶりに会ったら、おなか大きくなってました。
「結婚したんです。子供できたし」
そんなこと一言も…
「マネージャー(ちょっと売れるようになってから、そういう人がついて法人化した)がね、仕事に差し支えるから言うなって…だからぎりぎりまで言えなかったんだ」

「今の仕事、なんか言われるままに描いてるだけで、正直つまらないです。自分のサイトですら結婚報告も妊娠報告もできないし…」
う…うーん…
「でね、まあこうやって直にあったらわかっちゃうわけじゃないですか。そしたら別のところから妊娠ブログ連載しませんかって言われたんだけど、ネットの専門家としてちまきさんに判断を聞きたいんです」
ネットの専門家ねえ…

「女性クリエーターにとって妊娠出産は大きなネタではありますが、同時にアンチがつきやすい話題であることは間違いないです。そういう意味ではマネージャーがこの時期まで隠させたのも賢明だと思います。
でも基本的にどうするかは自分で決めていいと思いますよ、自己責任で」
「たとえば芸能人や漫画家でも、結婚出産を経て、才能の輝きが失われちゃう人は結構居ますよね?私生活を書くというのは、自分自身を浪費することに繋がるからじゃないかと思います。想像だけど」
「あなたの周りの人にとって、あなたは売れるかもしれない商材なわけで、最大限高く売りたいのは当然です。あなたが結婚して、出産して、という個人的ライフスタイルとは関係なく、そこは普遍なんです。
そう言ったことを知った上で書くんなら悪かないと思います。そうでないならチラシの裏に書いといた方が痛い目見ないで済むんじゃないかしらね。
私がこういうことをストレートに言うのは、あのマネージャーがついてる限り、私にうまみはゼロだから、あなたが売れても売れなくても収入に差が無いから。
でもこの質問に答えた手間賃はどっかで回収したいから、もうけ話があったら教えてね」

私みたいな下っ端ですら、「自分の取り分は確保しなきゃいけない」という実に小狡いこのゲームの外に居ることはできません。そうやって自分と仲間とを食わせて行かなきゃいけません。恐ろしいことだ。
しかしそれは生きていく限りは変えられないことでもあるし、痛みや不確定要素の無い人生なんかありはしない。あったとしても、それは死んでいるのと変わらないだろうと、アキバの日々が私に教えてくれたことでもあります。

…別に結婚した彼女が羨ましいわけじゃないっすよ!
…グスン。


きのこ 第三章・タケイさんがイタ車に乗る理由

ある朝、事務所に出勤すると、椅子で誰かが寝ています。
ウメダさんとかスギタさんが、オフ会行って帰るのが面倒になって、アキバ事務所で寝てることはそんなに珍しくありません。またか、と思って華麗にスルー。
タケイ「う……」
あれ、タケイさんだ。
タケイさんは自宅が近いので、滅多に事務所に泊まったりしないのに。
『おはようございます。泊まりですか?』
タケイ「いや、ちょっと…気分が…」
確かにものすごく顔色が悪い。
『大丈夫ですか?頭痛薬なら持ってますけど、お分けしましょうか?』(生理痛用)
タケイ「大丈夫…」

思い出しました、最近タケイさんはご自慢のイタ車でイベント(勿論エロゲの声優イベントです)に急ぐ途中ネズミ捕りにかかってしまい、免停期間中だったのです。
それから二週間くらい、何度が青い顔をして事務所で休んでいる様子を見ました。

あ、この人が”満員電車に乗れない”って、冗談や物のたとえじゃなくて、ほんとにそうなんだ…

それが肉体的なものなのか、精神的なものなのかは結局私には分からずじまいでした。
でもとにかく、タケイさんがラッシュ時の電車に乗るということはものすごい苦痛なんだということと、どうやら、それを実家(九州)の家族には説明していないらしい、ということだけは薄々分かってきました。

それから、私は人に「フリーランサーの理由」を聞くのを止めました。


きのこ 第三章・マツバラさんの恋人

今日は珍しく飲み会です。
(アキバ系はアルコールやタバコを好まない人が多い気がします)

「うぃーす」
「サカイさん遅刻」
「遅刻だ♪遅刻だ♪罰金だ♪」
「アヒャヒャ」

「ねえねえちどりタン」
「はい?」
「これ、俺の彼女。みんなにはナイショね」
なんか携帯にプリクラが。プリクラで判別するのは難しいですが、どうやらかなり若い様子。
「なんか犯罪の匂いがしますけど、どこで出会ったんですか?」
「メイドカフェ」
「まっ……まさかっ」
「メイドさん」

まさかメイドさんを落とす客というものが…実在したなんてっ…
しかもそれがこのサカイさんだなんてっ……!
「そんなボーゼンとした顔しなくても…」

しかしこの話、意外な感じで次回に続く。


きのこ 第三章・マツバラさんの恋人 2

数ヵ月後。サカイさんがプラっと事務所に訪れました。
「あらいらっしゃい」
「…うん」

なんだか話したいことがある様子です。
「お連れ様はオゲンキでいらっしゃる?」
「うんまぁ…今まだシフトはいってた」
なんと言っても私たちは輝けるスーパーニート。混雑する週末を避けて、メイドカフェ行き放題です!!
そこらへんでうまいこと落とせたのかしら、ウフフ。

「それでちょっと相談なんだけどさ…」
「なんですか?」
「ちどりタン、web系でどっかアルバイトのコネとかないかなぁ?時給安くていいから簡単なやつ。
一応デザイン系専門学校だから全然使えないって程じゃないと思うんだけど…」
「時給900円クラスで良ければあるかも。でもメイドさん辞めちゃうんですか?もったいないな」
メイドさんは求人倍率が50倍にも達する店が結構あるのです。

「うん…でもさ…ああいうの、結局色恋営業じゃん、キャバクラとおんなじだよ」

「ハァ!?」

「そんなん誰だって知ってますよ!大体サカイさんだってそれを楽しみに行ったわけでしょ?
それで付き合うようになったからって辞めてくれって、そりゃアンタ偽善的に過ぎますよ。
風俗で出した後に説教するオッサンなみにウザイですよ」
「結構言うなぁ…」
「そんなアナルのちっちぇこと言うヤツだと思いませんでしたよ。本人が辞めたいっていうんなら別ですけど」
「いや、本人はね…結構楽しいし辞めたくないみたいでさ…」
「じゃあウダウダ言わずにおうちで乳繰っててくださいよ」
「でもその”結構楽しい”ってなんなんだろうね」

「ちどりタンがどう思ってたかわかんないけど、彼女のほうからコナかけてきて付き合うようになったんだよ、俺たち。
でもさ、客とメイド喫茶の子が付き合うっていうのはさ、すごーいリスクがあるってことがだんだんはっきりしてきたのさ」

「俺の彼女はね、半分冷やかしで友達と面接受けに来て、受かっちゃって働いてた。
だからオタ社会の狭さとか、怖さを良くわかってないんだと思う。
若いし、あの空間の中ではなかなか居心地いいんだと思うよ。

まず、ちょっと古参の店なら、2chに当然それぞれのお店の単独スレがあるわけじゃん。
その上、人によっては店舗のサイトで写真までバッチリ載せててさ。
そこで、客の一人と交際してるっていうことが明るみに出たら何が起こると思う?
客は当然、出入り禁止になる。別にそれはいいよ。
でも女の子は?もうね、再起不能。店辞めさせられるだけならいい。
顔写真つきで「こいつ肉便器」みたいな晒し者にされちゃう。
勿論別のお店に変わるってこともできないしさ。」

「そんなの、最初からわかってたことじゃないんですか?」

「うん…でもそれは我々がこの年で、にちゃんねらで、今までいろんな痛い目も見てるからじゃない?
20そこそこの彼女たちに、そこまで想像できると思う?
キャバクラと違って、お店側は何も守ってくれないわけね。色恋営業って、どんなトラブルがあるのかもわからないのにさ。
でも彼女たちは時給1000円前後で、そのリスクを背負わされてるわけ。
無知と若さが搾取されてると思わない?
それでも俺が辞めて欲しい、と思うのはおかしい?

僕は彼女にアキバ以外の生き方というのを、今見て欲しいんだよ。
アキバで「だけ」過ごす学生時代なんて、つまらないと思わないかい?」

「うーん…でも最終的には、本人が望まない限り、女性はどこにも行かないと思います。
サカイさんや私とは、彼女から見える世界というのは違うんだと思うんです。
私はweb屋や携帯屋の知り合いは多いから、安くていいならどこにだって押し込むことはできますよ。
サカイさんが薦めるんだから、素養はあるんだと思います。
でも最終的には望まなければどうにもならない。歯がゆいかもしれませんが、他人の人生を思い通りにしようだなんて、一方的な思い上がりです」
…と、いうようなことを言葉に詰まりながらモソモソと説明しました。


きのこ 第三章・スギタさん、倒れる

アキバの深淵を覗き込んだような気持ちになって、私は他人に「アキバ勤務」について積極的に話すことが少なくなりました。イタ車だろうがメイド喫茶だろうが結局、そんなものは商業主義的表層にしか過ぎない。他人に勤務地を聞かれたときは「神田」とだけ答えました。(千代田区外神田だから、間違いではない)

そんな時、スギタさんが倒れて救急車で運ばれました。
一同、青ざめました。業務的な意味で。
彼の担当しているソフトウェアのリリースまでもう時間が無い…
わが社は基本的に質の割には安いというのが売りなんですが(どちらも飛びぬけているわけではない)、それはコアスタッフが少ないのと、そもそもすごく少人数の仲良しでチーム組んで短期間でやるからです。だから一人でも欠けるとものすごく苦しくなる。特に開発も後半になると「○○さんの代わりに●●さん」みたいなリプレイスが効かなくなります。他人の作業を引き継ぐのは、引継ぎ作業が発生する分効率が悪いですし、案外この「仲良し」というのが重要です。後で人を頼んでも、私やマツバラさんと相性が良い人が来るとは限らない。プログラム系は特に、他人のものは組みにくい。
結局海外にいる社長が慌てて補助に入ってくれて、事なきを得たのですが、入院した原因を聞いてさらに愕然。

個人輸入で、女性ホルモン買って飲んでたのが良くなかったらしい。
ちゃんとした病院に、と社長にお灸をすえられた様子。
…え?それだけ??

マツバラさんとタケイさんが真剣に何かを話し合ってます。
タケイ「あ、ねえ、ちまきさんなら仲いいから知ってるかも」
『なんですか?』
マツバラ「スギタ君って、下着なにつけてるの?」
『はあ?トランクスとかブリーフとかってこと?』
タケイ「いや…女性下着の可能性もあるから…」
『……』
なにこの屈託のなさ。
「性転換ブログ」はあっても「同僚がおかまです。」はブログとして新しい。新しいと言うか需要がないだろう!

しかし私は無邪気にそれを受け入れられませんでした。
私は自分が「やっちゃった」ことを知っていました。

その数ヶ月前に、スギタさんに「子供がいる人生ってどんな感じ?」って聞かれました。
今明かされる事実!!私が無職だった二年間というのはつまり専業主婦をやって妊娠出産をしていたわけです。
『あー…なんだろう…別に特別ほしかったという訳でもないし…というか今でも他人の子供は基本的に嫌いですよ。』
私はものすごく適当にあしらう感じで答えてしまいました。


きのこ 第三章・原因において自由な行為

仕事に穴をあけてまで、無理な女性化を推し進める必要なんかないじゃないか。
いろいろ不満はあるかもしれないけど、完全な性を捨てて不完全な性になることにどんな意味があるって言うのか。
私はそう思いました。

でも「そのままのアナタでいいじゃない」と私は言うことができませんでした。
私は…だって…スギタさんの恋人ではないしそれどころか友達でもない。
私が彼を責めることができるのは唯一「業務において」のみなのです。

自由でありたいから、みんなは秋葉原に居るんだ。
だから、その権利を私は(仕事以外では)侵してはいけないんだ。

むしろ私が…あの時…軽はずみに「子供が居てもいなくても、人生の満足度は大差ない」なんて言ったばかりにこんなことに…
彼の生殖能力は、既に不可逆なところまでいってしまっていました。

次の週には、スギタさんは普通に事務所に顔を出しました。

思えば私は、同僚の誰一人として個人的な関係を確立しませんでしたし、しようとも思いませんでした。
そういう性質なのです。

気がつけば秋葉原で三年。
アキバ内でもアキバ外でも、ある人は転職し、ある人は実家に帰り、ある人は亡くなり、連絡がなくなっていました。


きのこ 第三章・将来の夢@ミナトくん/茜さす帰路照らされど

『…というようにアキバ系にもいろんな悩みがあるらしいね』
ミナト「誰でもそうだろうね」

ミナトくんを誘って、打ち合わせがてらお茶を飲むことにしました。勿論メイドじゃないやつでね。

ミナト「…思う通りに生きるっていうのは難しいことだね」
『あなた好き放題に生きてるように見えるけど』
ミナト「女の子になりたいとは思っては無いけど。
この仕事を好きで選んでる人って案外少ないんじゃないかな」
『そうなの?あなたにとっては天職じゃないのかな』
ミナト「そりゃあなたの勝手な見方だよ。僕はデジタルの仕事好きだけど、一生やってるほどかと言われると多分そうじゃないもの」
『もったいないな…』
ミナト「向いてるかどうかはともかく、だからといってそれに全てを捧げるほど好きかどうかは別問題でしょう?」
うーん…
私が学校を出たとき、ほとんど未曾有の就職難でした。
しかも私はその後いろいろあって就職せず、25直前に現職に採用されました。選ぶ余地なんか無かったのです。たまたま、学生時代にやっていたので携帯屋に復帰しただけ。

久しぶりに、あの質問をしてみました。
『どうしてフリーになったの?』
ミナト「フリーを選んだというよりは、それしかなかったんだよ。25過ぎてからグラフィックデザイナー目指したから」
『ええ?』
ミナト「ネクタイ締めて一年は会社員やってたの。企業向けのソフトウェア売る営業」
…想像できない…
ミナト「でも一年で辞めちゃった」
『ん…なんか意外だな、あなた世の中の大抵のことはうまくやれそうだから』
「八割くらいはね。残りの二割だったわけだよ」
この数年一番仲が良かった彼のことさえ、私は大して知っていたわけじゃなかったのです。
「あなたは他にやりたい仕事があるの?」
『さあ…流されるままでここに来ちゃったから…自分で選択してどうこうってもんじゃないから』
「でも昔と思うと、あなた元気になったよ。昔はいつも暗い顔してたし。だから秋葉原にいって良かったんじゃない?」
『そうだな、そうだろうね…』
ミナト「うん。…でもなんだか、いつになく暗いね、いつも陰気だけど」
『そう…かな』

私はその時既に知っていたのです。近く自分が秋葉原を去らねばならないことを…

『あなたはどうなりたいの?』
ミナト「僕は自分でお店持つのが夢。サブカル漫画と海外フィギュアいっぱい飾った喫茶店」
『…は?』
彼は…申し訳ないけど…悪い人じゃないけど…
客商売に向いてる感じじゃ無い…
ミナト「なに変な顔してるの?」
『あ…うん…なんでもない。かなうといいね、夢』
ミナト「あなたのもね。」

ミナト「じゃあまた」
彼は笑って手を振り、振り向きもせず駅の改札に消えていきました。

恵比寿駅の改札で彼の背中を見送っていたら、椎名林檎の曲を思い出しました。
振り返る通りを渡る人に見蕩れる。約束も無くまた彼がビルの彼方に消える。
夕焼けには切な過ぎる、涙を誘い出しているの…

しかし、私がその後、彼に再び会うことは、ありませんでした。

ミナト「ごめん、明日ちょっといけなくなった」
ミナト「友達が死んだらしいんだ。お葬式、いかないといけない」


きのこ 【インターミッション】物語は人を救わない

さて、この後三回くらいちょっとウンザリするような「私の病気の話」が続きます。
そう言うの嫌いな人は三回分くらい飛ばしてください。
要するにちょっとやっかいな病気にかかっていたことが発覚した、という話です。
最初に断っておきますが、治りませんし、死にません。
嫌さ加減は痔に近いんじゃないかと思います。完治しないし一生つきあってかなきゃいけないし、見た目からはわからない。

というかこの「アキバ系セレブリティ」自体、物語のように結論はでないし、解決はしません。そういう話なのです。物語に結末があって救済があるのは、現実にはそういうカタルシスはなかなかもたらされるものじゃないからです。
それなのに人はみんな結末や説明を求める。webで活動するようになってから、何度かそう言う人に悩まされました。なんかさあ「主婦のお悩み掲示板」みたいなのを見てると、相談者のプロフィールをものっすごい細かく知りたがる人が居るじゃないですか。言いたくないことまで言わせて最後に「おまえ(相談者)が悪い」って言う奴。それは要するに「他人の物語を消費してカタルシスを得ようとしてる」だけなんですよ。

「どうして病気は私を選んだの?」by1リットルの涙
それは別に選んだとか選ばれたとかじゃない、偶然だと思います。
単にちょっと不運なだけなのです。それをただの不運に終わらせるかどうかは、結局自分次第なんだと思います。
「神が試練を与えたもうた」と断言できるのは、戦うことを決意する人だけだと思います。私はそこまでは行き着いてないかもしれませんが、でもこのお話については「解決はしません」ということで終わりたい。そういうところをご理解の上で読んでいただけたらと思います。

…へへへ…ちまきさんが正気に戻って真面目な話をするのは一日に10分だけなんだぜ…イヒヒ…



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